カテゴリ:歴史( 25 )

南京事件について

 最近、南京事件に関してちらほらときな臭い話が聞こえてくる。

なんでも、南京事件派生ん10周年とかで、プロパカンダ映画を撮影している国もあるようだ。
では、南京事件とはなんであったのか?と興味のある方に問いかけてみたい。
どのような回答がいただけるか楽しみだ。
私自身、色々考えた結果の結論は「通常の戦争犯罪にすぎず、現在生きている我々日本人が責任を負う必要は無い」というものだ。

 中国あいての南京事件の論争の焦点になっているのは、
1、不法殺害(虐殺)の人数の問題
2、現在の日本人がこの問題の戦争責任を引き継ぐべきか否かの問題

乱暴に集約すれば、この2点になるであろう。そこで、中共政府は、2点目をいかにも、日本人全体が負うべき戦争責任のように言い立ててきている。

「南京大虐殺が無かった派」の研究者の方々も色々な見解を発表されておりますが、一番重要な点は、その当時の南京にまともな戸籍があったのか?ということを調査したほうがいいと思われます。
 まともな戸籍が無ければ、虐殺人数などどうとでも捏造できますし、中国の戸籍は、あくまで、その当時の政権の国民掌握能力を示すだけで、実際の人数を把握しているものではないようです。そこで、日本側の研究者が虐殺人数の問題を言い立てたところで、彼らは、「人数の問題では無い」という反論を行ってくるのは目に見えてきます。
まともなデーターがないか殺害数字は、言い放題になりますし、それを証明する手段もありません。
 むしろ、重要なのは、外交カードにすら使われる2の問題です。2の問題で南京事件の戦争責任を引き継ぐ必要が無いという結論が出れば、この問題は、政治カードにはなりえません。

では、Q,「南京事件」とは何だったのか?

A,単なるB.C級戦犯による一般的な戦争犯罪でしかなかった。

これ以上でもこれ以下でもございません。(笑

 敗戦国に日本は東京裁判によって無理やり責任を取らされています。B.C級に関しては冤罪の疑いのある事例は多々あるにしても、「捕虜に対する扱い」や、「占領地の現地人に対する扱い」はその当時の戦時国際法であっても罪になる要素もあり、一応、日本人としてはこの段階で戦争責任は果たしたと考えるのが普通ではないでしょうか?ましてや、B級、C級戦犯に分類される犯罪は、人類に対する罪では決してないのですから。
 かたや、戦勝国では、B級・C級の戦争犯罪ですら罪に服していないのが現状です。

現在の日本人が、この問題の戦争責任を引き継がなければならないのであれば、戦勝国側の戦争犯罪はどうなのか?ということを声を大にして問いかけていかなければならない。です。はい(笑
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by rjw.tunetune | 2007-04-21 08:11 | 歴史

おいおい

Excite エキサイト : 社会ニュース
バターン死の行進>文春記事に元捕虜の米国人が抗議 [ 01月14日 17時32分 ]

 【ツーソン(米アリゾナ州)國枝すみれ】第二次世界大戦中にフィリピンを占領した旧日本軍が捕虜を長距離歩かせ、多数が死亡したとされる「バターン死の行進」を生き延びた元捕虜の米国人が13日、米ロサンゼルスで記者会見し、同行進を扱った昨年12月号の月刊誌「文芸春秋」の記事について「史実をわい曲しようとする記事だ」と批判、同誌発行元の文芸春秋社に謝罪を要求した。

 記事は捕虜が行進させられた約100キロの行程を日本人女性ジャーナリストが4日間で歩いたルポルタージュで、「『バターン死の行進』女1人で踏破」という題名。「この距離を歩いただけでは人は死なない」と結論づけ、旧日本軍の組織的な残虐行為だったとする欧米の定説に疑問を投げかけている。

 記者会見で記事に抗議したのは「死の行進」を体験したレスター・テニーさん(85)ら2人の元捕虜。テニーさんらは「現実は(記事内容からは)かけ離れていた。記事は無神経で、侮辱的だ」などと批判した。

 文芸春秋社長室は今回の抗議について「まだ書面が届いていないので、コメントはできません」としている。


たしかに、ジャーナリストの言い分はそうですが、その当時の食糧事情、日本軍の補給体制を考えると、バターン半島死の行進はなかったというほうが無理があるような気がします。
欧米の言うように、残虐行為であったかどうかはわかりませんが、貧弱な旧日本軍の補給能力を考えると、十二分にありえた話だと思いますが・・・。
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by rjw.tunetune | 2006-01-14 19:13 | 歴史

別冊宝島を読む~その5~

 お久しぶりです。約一ヶ月ぶりの投稿ですが、今回のテーマは、日清戦争終結後から、9・18事変(満州事変)の間のことを触れたいと思う。年代的には、1885年~1931年の間のできごとである。この間は、日本と中国との関係において、2カ国間で発生したことは、この時代の前の日清戦争時および、以後の満州事変・日中戦争に比べるとかなり少なく、どちらかというと、欧米列強の中に埋没していたということができるだろう。ただ、そのような中でも、21ヶ条要求、山東出兵などが発生しては、いるが。
 中国の教科書においても、国内問題が記述の中心となり、対日関係はあまり触れられていないようである。ただ、若干触れているのは、21ヶ条要求と、張作霖爆殺事件のみであるが、引用されている教科書の文章を見てもあまりにも、ひどい文章は見当たらないような気がする。
その理由としては、トピックで取り上げられている時代を支配していたのは、「北洋軍閥」といわれる軍事集団(清朝末期に編成された軍隊が国民党と政治取引を行い1912年~1918年の間に中華民国を支配)であり、国民党にしろ、共産党にしろ、不倶戴天の仇のような集団であったので、対日にかんする批判のトーンは低くなっているのではないかとも思われる。
 
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by rjw.tunetune | 2005-08-24 08:14 | 歴史

別冊宝島を読む~その4~の2

 色々書いてきたが、私自身日清戦争に関する記述の中で、一番?が浮かんだのは、「1894年7月、日本海軍は、朝鮮半島沿岸で中国の兵士輸送船を襲撃し、宣戦布告のないまま開戦した。8月清政府は迫られて日本に宣戦した。」(別冊宝島p17)という記述である。
 確かに、日清戦争において宣戦布告を行ったのは、8月1日のことであり、その前の軍事衝突は、7月25日の豊島沖海戦のことであろう。教科書で触れられているのは、この豊島沖海戦とそれ絡む、高ショウ号事件のことだと考えられるが、「中国の兵士輸送船を襲撃し」とあたかも、中国船籍の船を攻撃したかのように記されているが、「中国の兵士輸送船」とは、実は、英国船籍の商船高ショウ号を指すのは、明白である。そのため、もし日本がその当時の国際法上違法な攻撃を行っていた場合、英国との関係悪化は避けられなかった。実際、英国の世論は反日に振れかかったらしいが、その当時の国際法上に照らし合法と認定されたため、英国からの損害賠償は要求されなかったとのことである。(かなり、高ショウ号事件の内容に関しては雑にまとめた内容であるため、一度、機会を改め触れてみたいと思う。)
 この文章から、日清戦争は、日本が一方的に中国に戦争を仕掛けた様に記されているが、
実際のところ、朝鮮半島における中国と日本の権益の奪い合い、早い話が、列強の進出に対抗して、朝鮮半島の市場をどちらが押さえるのかという問題に過ぎないと思われるがどうだろうか。
 この後、馬関条約「下関条約」における伊藤博文と李鴻章の駆け引きに焦点があたるが、このあたりに関しては、「馬関議和中之伊李問答」という文章(中国近百年史資料続編所収)のなかに見られるやり取りが記されている。日本側にはこのような資料はないのだろうか?情報があればご教授いただきたい。
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by rjw.tunetune | 2005-07-17 08:58 | 歴史

別冊宝島世読む~その4~

 今回のテーマは、日清戦争、中国側の呼称によると、甲午中日戦争とも、第一次中日戦争とも言われる朝鮮半島問題にかんして、日本と清国が戦った戦争である。この戦争は、明治維新以後始めての対外的な戦争でもあった。
 中国側の教科書によりと、戦争勃発の背景は、中学版のものは「1894年、日本は朝鮮を征服し、中国を侵略し、世界を牛耳るという理想を実現するため、朝鮮に出兵・占領し、引き続き対中侵略戦争を発動させた。」(別冊宝島p16)と記されているようである。高校版では、明治維新以後日本の国力は増大したが、国内市場が小さく、対外侵略を行うことによって市場の拡大を図ろうとした、と説明されている。そして、日本の対外政策は、「西側の列強の支持を得た。」(別冊宝島p16)そうである。ここで、面白いのは、この当時の帝国主義国家の中で(当然ソビエトは成立していない。)西側の列強という表現を用いてることである。むしろ、この時代の帝国主義国家の分類としては、英・仏という先発組みと独・露・日・米という後発組みとの対立と捉えるべきではなかろうか?現在の中国政府の価値観が教科書に混入しているような気がするのは私だけだろうか?日本の対外進出の責任の一端は、、列強の黙認ということにも触れられている。
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by rjw.tunetune | 2005-07-17 08:32 | 歴史

別冊宝島を読む~その3~

 「元寇と倭寇」
今回のテーマは、「元寇と倭寇」ということである。元寇とは、中国において、モンゴル人が建てた王朝である元朝が九州北部に2度にわたって来襲したということである。ちょうど日本国内はその当時北条政権下の鎌倉時代であり、鎌倉武士の奮戦と台風の来襲により、元軍は撃退された。この戦い以後北条政権は、恩賞問題に端を発し最終的には、鎌倉幕府の覆滅、日本人の精神構造の中には、「神風思想」が刷り込まれ、第二次大戦では、「神風特攻隊」なる部隊まで編成されるようになったのは、周知の事実であろう。では、中国の歴史教科書の中ではどのように「元寇」および、「倭寇」が扱われているのかを見てみよう。
 といいたところだが、中国の教科書には、「元寇」に対する記述がないそうである。そのため、私としても、元寇に対してコメントの仕様がない。中国の教科書の原典を一読した上で、中国の教科書上、元代をどのように位置づけているかという問題から始めなければならないような気がする。ただ、元代は、中国史上どちらかというと、対外政策は活発であった時代であるので、「元寇」もしくは、元朝の対外出兵(日本以外も含む)をどのように記載しているのか調査をする必要性がある。
 「倭寇」に関しては、いろいろ細かい記述があり、戚継光なる対倭寇戦で活躍した義勇軍の首領のことが記されている。中国の教科書であるから、侵略されたことに対する被害および、それに対する抵抗を行った英雄に対しては、ある程度の記述を行うのは、当然であろう。日本でも、元寇の際には、同じような記述を行っているのだから。ただ、「倭寇」=日本人中心の侵略行為とするのは問題であり、豊臣秀吉の朝鮮出兵以後は、「倭寇」と記されていても、中国人が中心になっているものも多かったという。(注1)ただ、「倭寇」=日本人という図式は、私自身日本史の授業では、そのように受けた記憶があり、日中ともにそういった教育を行っているのかもしれない。
 (注1)明代に書かれた史料には、王直なる倭寇の親玉のことについて書いてあるものもあるらしい。ちなみに、王直は、中国大陸出身の人物である。

 
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by rjw.tunetune | 2005-07-16 07:42 | 歴史

別冊宝島を読む~その2~

 「遣唐使と鑑真」(p10~p12)について

 「隋唐の時代、中日両国間の交流は、密接だった。(中略)留学生や留学僧もやって来た。」
と中国の教科書の日本語訳を引用しさらに、阿部仲麻呂の簡単な紹介ぐらいはあってもいいように思う、というようなコメントを記しているが、私は、中国の教科書の立場とすれば、これ以上のことは書きようがないかと思う。
 理由は、唐の時代は、比較的漢民族の力が弱く(注)異民族が宮廷に出入りしている比率がたかかったので、唐代は、想像以上に国際色豊かだったようであるので、わざわざ、日本人の留学生・留学僧のことを取り上げる必要性は、乏しいと思われる。もし、取り上げるとなると、日本出身以外の似たような境遇の人物をある程度取り上げざるを得なくなるので、教科書の記述に収拾がつかなくなる恐れが生じるのではないか。あくまでも、中国の教科書であり、日中関係について記したものではないので日本に焦点をあてすぎるのはいかがなものか?

(注)唐の太宗の時代にも、長孫無忌やら、独弧皇后やら、漢族には存在しえないような名前の人物が散見される。

 この後、遣唐使の説明、平城京と日本文化に唐代の文化が影響を与えたことに対する解説等が続き、唐代の日中関係の中で、唯一名前が出てくるのは鑑真だそうだ。鑑真の日本渡航に関する記述は、日本の教科書と若干単語表現の違いが異なっているものの、ほぼ同じ様な文章であるという印象を受けた。ただ、隋唐以前の日中関係に関しては、漢と奴国との関係で、漢が金印を授けたという記述はあるらしいが、魏と邪馬台国の関係に対する記述は触れられていないようである。

 結論から言うと、隋唐以前の日中関係の記述に関しては、そう「?」が浮かぶ記述も少ないような印象を受けた。実際、隋唐以前は、文献上は、倭国に関して記されているので、(注)はっきり、日中関係といえるのは、隋唐以後のことであるので、そのあたりが影響しているのかもしれない。

(注)一般的に倭=日本というイメージが定着しており、私のコメントに反発を覚える方もおられるかもしれないが、倭という言葉が、すべて日本を指すのかということを考えていただきたい。
邪馬台国の所在地にしても、ジャワ、スマトラ辺りにあったという説もあるぐらいなので、ただ、文献上「日本」という言葉が登場するのは、「隋書」のなかの、「倭国伝・日本伝」が初出だったように記憶している。
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by rjw.tunetune | 2005-07-10 08:52 | 歴史

別冊宝島を読む~その1~

 「別冊 宝島 中国・韓国の歴史教科書に書かれた日本」 別冊宝島編集部編をよむ。
 先日、宝島社が、出版した、「別冊 宝島 中国・韓国の歴史教科書に書かれた日本」を入手し、一読してみた。別なあるブログでは、日本の教科書と似通ったような記述に終始し、反日のはの字も出てこない、中国や韓国の学生たちも日本と同じように、歴史的事実の暗記に日々努力をしているのであろうというようなことを記していたのを目にしたのだが、正直、某大手新聞の論説員のコラムのようなレベルに過ぎないと感じた。私自身、中国史に関しては、少しはかじったことがあるので、今回、この機会にこの本を読んで、いくつか疑問に感じたこと、コメントを記して見たいと思う。
 ただ、あくまでも、「別冊 宝島 中国・韓国の歴史教科書に書かれた日本」のなかに記された、文章に対するコメントに過ぎず、原典の教科書内で、全体の流れの中で、日中関係がどのように記されているかはなんともいえないということを前提に読んでいただきたいと思う。
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by rjw.tunetune | 2005-07-10 08:08 | 歴史

戦場生まれの生活用品

食品用包装ラップは戦場必需品だった | Excite エキサイト
 ラップもそうなんですか。戦場生まれの生活用品は多いですね。
たとえば、カーデガンなんかもそうですよ。クリミア戦争(ナイチンゲールが有名人)の際に怪我をした兵士でもセーターを着れるようにカーデガン伯爵が考案したそうです。
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by rjw.tunetune | 2005-06-12 08:18 | 歴史

宣伝ですが・・・・。

<単行本
近日発売予定
やっぱり勝てない?
太平洋戦争





【内容】
ナビゲーションコミック(画:松田大秀)
仮想戦闘・日米戦艦の戦い
 マーシャル諸島沖1942~漸減作戦は幻である~
 レイテ湾1944~レイテ湾口で連合艦隊は全滅する~
無敵戦艦大和という虚像
 机上の空論だった戦艦大和のアウトレンジ戦術
 実戦で暴露された日本戦艦の実力
ゼロ戦最強伝説の終焉
 総合力で日本空母に勝る米空母機動部隊
 零戦とワイルドキャットは互角だった
虚構のミッドウェー
 運命の5分間はなかった
崩壊する帝国の戦争経済
 ハワイ攻略は絶対に不可能である 他

ナビゲーションコミック
   やっぱり勝てない!ミッドウェー 次へ
   やっぱり勝てない!戦艦大和 近日公開(4月20日予定)
   やっぱりハワイは遠かった!! 近日公開(4月30日予定)


2005年4月末、制作:株式会社シミュレーションジャーナル、発行:並木書房で、今までにない視点から太平洋戦争の戦史を研究した新刊書籍「やっぱり勝てない?太平洋戦争」が発行されます!!
仮想戦記などでは太平洋狭しと縦横無尽に大活躍する旧日本海軍。また、戦艦大和を頂点とする連合艦隊最強伝説、つまり日本海軍は敵の物量や不運に敗れたのであって、あのときこうしていれば・・という「太平洋戦争必勝法」的な論が、終戦後半世紀を経たいまなお、数多くの論者によって、熱く数多く語られています。しかし、数多の仮想戦記や「こうすれば勝てた」論が述べているように、帝国海軍の敗北は単に敵の物量や不運によって片づけられるものでしょうか。
本書では、過去のゲームジャーナル収録記事をもとに、あらたに気鋭のライター陣による書き下ろし新規記事を加え、全く新たな角度から再構成。世上喧伝されている精強帝国海軍伝説のベールを剥ぎ取り、多面的、具体的にその実像を検証します。
特に各セクションの冒頭には、本誌でもリプレイコミックが大好評の松田大秀先生によるナビゲーションコミックにより、各セクションのテーマを本誌のリプレイコミック同様の軽快なタッチで判りやすく解説します。
執筆:大塚好古、松田大秀、MOR、GJ編集部他

>仮想戦記小説では、すぐに日本軍が勝ってしまいますよね。でも、実際のところはアメリカ相手には絶対に勝てません。近日発売とのことで、内容はまだ未見ですが、執筆陣は、長く仮想戦記的な研究(シュミレーションボードゲーム)に携わってきた人たちなので、かなり期待できると思います。
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by rjw.tunetune | 2005-04-10 16:46 | 歴史