別冊宝島を読む~その4~の2

 色々書いてきたが、私自身日清戦争に関する記述の中で、一番?が浮かんだのは、「1894年7月、日本海軍は、朝鮮半島沿岸で中国の兵士輸送船を襲撃し、宣戦布告のないまま開戦した。8月清政府は迫られて日本に宣戦した。」(別冊宝島p17)という記述である。
 確かに、日清戦争において宣戦布告を行ったのは、8月1日のことであり、その前の軍事衝突は、7月25日の豊島沖海戦のことであろう。教科書で触れられているのは、この豊島沖海戦とそれ絡む、高ショウ号事件のことだと考えられるが、「中国の兵士輸送船を襲撃し」とあたかも、中国船籍の船を攻撃したかのように記されているが、「中国の兵士輸送船」とは、実は、英国船籍の商船高ショウ号を指すのは、明白である。そのため、もし日本がその当時の国際法上違法な攻撃を行っていた場合、英国との関係悪化は避けられなかった。実際、英国の世論は反日に振れかかったらしいが、その当時の国際法上に照らし合法と認定されたため、英国からの損害賠償は要求されなかったとのことである。(かなり、高ショウ号事件の内容に関しては雑にまとめた内容であるため、一度、機会を改め触れてみたいと思う。)
 この文章から、日清戦争は、日本が一方的に中国に戦争を仕掛けた様に記されているが、
実際のところ、朝鮮半島における中国と日本の権益の奪い合い、早い話が、列強の進出に対抗して、朝鮮半島の市場をどちらが押さえるのかという問題に過ぎないと思われるがどうだろうか。
 この後、馬関条約「下関条約」における伊藤博文と李鴻章の駆け引きに焦点があたるが、このあたりに関しては、「馬関議和中之伊李問答」という文章(中国近百年史資料続編所収)のなかに見られるやり取りが記されている。日本側にはこのような資料はないのだろうか?情報があればご教授いただきたい。
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by rjw.tunetune | 2005-07-17 08:58 | 歴史
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