別冊宝島を読む~その3~

 「元寇と倭寇」
今回のテーマは、「元寇と倭寇」ということである。元寇とは、中国において、モンゴル人が建てた王朝である元朝が九州北部に2度にわたって来襲したということである。ちょうど日本国内はその当時北条政権下の鎌倉時代であり、鎌倉武士の奮戦と台風の来襲により、元軍は撃退された。この戦い以後北条政権は、恩賞問題に端を発し最終的には、鎌倉幕府の覆滅、日本人の精神構造の中には、「神風思想」が刷り込まれ、第二次大戦では、「神風特攻隊」なる部隊まで編成されるようになったのは、周知の事実であろう。では、中国の歴史教科書の中ではどのように「元寇」および、「倭寇」が扱われているのかを見てみよう。
 といいたところだが、中国の教科書には、「元寇」に対する記述がないそうである。そのため、私としても、元寇に対してコメントの仕様がない。中国の教科書の原典を一読した上で、中国の教科書上、元代をどのように位置づけているかという問題から始めなければならないような気がする。ただ、元代は、中国史上どちらかというと、対外政策は活発であった時代であるので、「元寇」もしくは、元朝の対外出兵(日本以外も含む)をどのように記載しているのか調査をする必要性がある。
 「倭寇」に関しては、いろいろ細かい記述があり、戚継光なる対倭寇戦で活躍した義勇軍の首領のことが記されている。中国の教科書であるから、侵略されたことに対する被害および、それに対する抵抗を行った英雄に対しては、ある程度の記述を行うのは、当然であろう。日本でも、元寇の際には、同じような記述を行っているのだから。ただ、「倭寇」=日本人中心の侵略行為とするのは問題であり、豊臣秀吉の朝鮮出兵以後は、「倭寇」と記されていても、中国人が中心になっているものも多かったという。(注1)ただ、「倭寇」=日本人という図式は、私自身日本史の授業では、そのように受けた記憶があり、日中ともにそういった教育を行っているのかもしれない。
 (注1)明代に書かれた史料には、王直なる倭寇の親玉のことについて書いてあるものもあるらしい。ちなみに、王直は、中国大陸出身の人物である。

 
[PR]
by rjw.tunetune | 2005-07-16 07:42 | 歴史
<< 別冊宝島世読む~その4~ 別冊宝島を読む~その2~ >>